昔、秋の冷たい雨が吹きつける夜の姫路城で、宿直(とのい:夜間の勤務)の侍達がこの城の天守閣に住むという妖怪の噂話を始めた。そこで噂を確かめようと度胸試しに一人で天守閣に上る者はいないかという話になったが、皆怖じ気づき誰も行こうとはしなかった。
すると今までの話を聞いていた森田図書(もりたずしょ)という小姓(雑用を務める武家の少年)が自分が行くと言い出し、宿直の侍達を後にすると階段を上りたった一人で暗い天守閣に向かっていった。
天守閣では城の主を恐れ三階より上は誰も上った事がなかったが、図書は四階、五階、六階をも通り過ぎると主の妖怪が住むという七階の戸口まで来たのであった。しかし図書が扉を開け部屋に入った途端急に扉が閉まり、図書は暗闇の中に閉じ込められてしまう。
そうしてどこからともなく火の玉が飛び交い、歳の頃は三四、五で肌の色は青白く、目は釣り上がり髪は長く背の高い女が現れた。女は図書に何故ここに来たのかを問うと、図書は包み隠さず宿直の間の出来事を述べ、自ら名乗り出てここへ来た事を話した。
女は図書の勇気に感心し、確かに行った証拠として持っていくがいいと図書に引き千切られた兜の錣(しころ:後頭部を保護する部分)を渡した。そしてここは人間の来る所ではないため決して二度と来てはならないと念を押すと図書を階段口まで吹き飛ばした。
次の日、この話が殿様の耳に入り早速図書が呼ばれ錣を差し出した所、それは殿様が宝として宝物庫に閉まっていた兜の錣である事が分かり、殿様は天守閣の主の噂が本当であった事を確信した。
その天守閣の主は「刑部姫(おさかべひめ)」と呼ばれる姫神で、遠い神々の昔からこの地に住む国津神(天皇家の祖先が日本に降り立つ前からいた古い神)だったといわれている。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2013-8-19 13:00 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 松谷みよ子(講談社刊)より |
出典詳細 | 日本の伝説5(松谷みよ子のむかしむかし10),松谷みよ子,講談社,1973年11月20日,原題「刑部姫」,採録地「兵庫県」 |
備考 | 採録地は転載された本(日本の伝説上巻,松谷みよ子,講談社,1975年5月15日)で確認 |
場所について | 姫路城 |
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