むかしある所に、筏師の夫婦と三人の子供がおった。ある雨続きの年、夫婦は禿山の崖から崩れ落ちた岩に潰されて死んでしもうた。遺された子供達はそれぞれ、姉は嫁に行き、兄の松吉は炭の卸の仕事を始め、末娘の「かめ」は猫と一緒に家に残って暮らしていくことにした。
松吉は、普通は秋から冬まで焼く炭を、夏まで焼かせて安く買占め、冬に高く売るというやり方で大儲けし、数年後には街道沿いに小奇麗な店を出すほどになっておった。そうして店の裏山を買占め、どんどん木を切って炭を焼かせた。
一方、「かめ」は親の遺した畑で杉の苗を育て、その苗を親が死んだ崖やあちこちの山の岩の隙間に植えていった。じゃが、大雨が降れば苗は土と一緒に流されてしまう。それでも「かめ」は、苗を植えるのをやめなんだそうな。村人達は、他人の山に杉を植え続ける「かめ」の陰口を叩いておったし、兄の松吉も店の裏山には絶対杉を植えるなと言って「かめ」と絶縁してしもうた。
そうして二十年が経つ頃には、松吉は炭焼き長者と呼ばれる大商人になっておった。一方、「かめ」は相変わらず山に這いつくばって、苗を植え草を刈り蔓を切って、黙々と杉を育てておった。初めに植えた苗はもう、身の丈の何倍にも育っておった。山の持ち主が杉を切ろうとしても、「かめ」の杉は崖の途中や岩の上に植えてあるので危なくて近寄ることもできんかった。
それからまた三十年が経ったある年、例年になく大雨が続いた。そうしてとうとうある日、炭焼き長者の店の裏山で山崩れがおこり、松吉も店も蔵も、何もかもを飲みこんでしもうた。一方、「かめ」が杉を植えた山は、杉の根が岩や土を抱え込み小石一つ崩れなんだ。村人達は「かめ」に感謝し、皆で崩れた山に杉の苗を植えた。
「かめ」は七十歳を越えても相変わらず一人で山に入り、ある日、大きく育った杉の中で人知れず死んでおったそうな。村人達はそこに「美杉観音」という小さな観音堂を建てた。炭焼き長者のことはたちまち忘れ去られたが、山に杉を植え続けたかめ婆さんのことは、誰も忘れなかったということじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2013-7-28 14:31 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 島根県 |
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