No.0533
にんぎょうざん
人形山
高ヒット
放送回:0334-B  放送日:1982年03月27日(昭和57年03月27日)
演出:前田康成  文芸:境のぶひろ  美術:門屋達郎  作画:前田康成
写真あり / 富山県 ) 51216hit
女人結界の山に入って凍死した、親思いの姉妹の話

昔、越中の平村に、母親思いの仲の良い姉妹が病気の母親と三人で暮らしておりました。

二人の父親は早くに亡くなっていて、白山権現様を信仰する信心深い母親は一人で二人で娘を育てていましたが、無理がたたったのか病気になってしまったのです。姉妹は、母親の代わりに一生懸命に働き、幼いながらも一人前の働きをするようになっていました。

しかし、母親の病は春になってもよくならず、幼い姉妹はいつも「南無白山権現」と唱えながら病気が治ることを祈っていました。そんな親孝行の二人に白山権現様からの夢のお告げがあり、病気を癒す温泉を教えてもらいました。二人は、雨の日も風の日も毎日母親を温泉に担いで連れていってあげました。

そうして、秋になるころに母親の容態はよくなり、二人は秋の収穫をする際にふと思い立って、白山権現様にお礼参りをしようと出かけました。ところが、白山権現様は女人禁制の厳しい掟がありました。そんなこととは知らない姉妹は白山権現様にお礼をして、帰り道に吹雪にあい遭難してしまいました。

もし、思い立ってのお礼参りでなければ、母親に一言声をかけていれば当然教えてもらえたはずの女人禁制でした。禁を破ったことにお山が怒ったのか、あるいは季節より早い吹雪がきたのか…姉妹はついに帰ってくることはありませんでした。

一人取り残された母親は、春になって姉妹の事を思いながらとぼとぼと畑に向かっているとき、山肌に姉妹の姿を見つけました。姉妹の早すぎた死を悼んで山の雪も二人の姿を消すことができなかったのでしょう。その二人の人形(ひとがた)の話は村に伝わって、いつの頃からかこの山を「人形山(にんぎょうざん)」と呼ぶようになったということです。

(投稿者: もみじ 投稿日時 2012-12-25 15:37 )


ナレーション常田富士男
出典富山県
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場所について人形山
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地図:人形山
追加情報
本の情報講談社デラックス版まんが日本昔ばなし第40巻(絵本発刊日:1985年10月15日)
絵本の解説白山権現とは、富山県東砺波郡平村にある白山宮のことです。北国では、冬のおとずれとともに、あたり一面白一色、雪の世界に閉ざされてしまいます。人々はいろりのまわりでわらじを編んだり、縄をなったりしながら、じっと春を待っているのです。それだけに雪どけは大きな喜びなのでしょう。みんな、山肌がすこしずつ見えてくるのをうきうきとした気分でながめているのです。その残り雪が少なくなってくると、ふとなにかの形に見えます。この話も、そんなところから生まれたのかもしれません。美しくも悲しい、親思いの姉妹の話は、まっ白な雪にふさわしい物語です。(富山地方の昔ばなし)(講談社のデラックス版絵本より)
講談社の300より書籍によると「富山県のお話」
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※掲載情報は 2012/12/25 23:24 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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ゲスト  投稿日時 2015/11/9 19:01
文徳天皇の御代に、縄文系の山の民と契約結び法律を作り、日本国全国全ての山の七合目より上は山の民の土地と定めた。
女人禁制の一因でもある。

木地師の始祖は第55代文徳天皇の第一皇子である小野宮親王であり、朝廷の保護のもとにあるとの由来書を持ち歩き、全国どこの山でも七合目以上の山は自由に伐採出きるとの許可書を持ち歩いていました。
http://blog.goo.ne.jp/msanaka20011/e/424727830d538a8d16b3ec8087755e7d
ゲスト  投稿日時 2015/11/8 20:50
雪国育ちなのでなんとなくわかるというか、無念だけどどこか受け入れなけはればというか気はします…。
この辺の山は天気が変わりやすく、しかも秋冬の山は命に関わります。
一度吹雪いたらもう、ある意味神仏でも何もできない世界です。何もかも真っ白で、春が来るまでは何をしても雪は溶けませんし、寒さも吹雪もどうしようもありません。なぜか雪国の昔話には、人間の力ではどうにもならない自然の厳しさが表されている気がします。
イメージですが、山には神様が何人かいて、人の姿をした神様仏様は人間の事情にも多少寄り添ってくれますが、山の精霊的な神様は問答無用で自然界の理で、動物も人間も平等に接しているという感じです。
今でも遭難者の救助が難航したりと、自然は厳しいですよね。姉妹の悲しいお話はその教訓ではないでしょうか?
もみじ  投稿日時 2012/12/25 16:01
このお話を見た時は、女人禁制とはいえ酷いと私も思いました。(ノД`)
女人禁制ってなんだよ!と思って、女人禁制で調べてみましたが
おおまかに3つくらい理由があるようです。

・お山の神様が女神であるため女性に嫉妬するから。(この女神さまはあまり美人でなかったりするという説もある)
・山の修験者たちにとって、性欲の煩悩を祓うため女性は出入り禁止にした。
・女性や子どもが登山するには、あまりにも険しすぎるため。

という3要素があるようです。
権現様は仏教系の神様だとか(・ω・)
南無白山権現と言ってるのは、仏教系だからなんですね。

神道系の神様だと女性の穢れをきらう要素も入りますが、仏教系なのでこれは関係なさそうです。(※女性の穢れとは、女性が汚れてるって意味じゃないのであしからず)
権現様は、もともとの山岳信仰に強く結びついている傾向があるそうです。

人形山のこのお話で、姉妹が遭難した要因の「女人禁制」というのは、結局のところ「女子供が登るにはあまりにも危険」という意味のほうだったのではないか?と思います。でなければ、温泉のことは教えてくれたのに、姉妹の命は見捨てるなんて不思議な気がします。
また現代の概念から考えても、子どもだけの秋冬の登山というものは危険ですからね。
自然は厳しい。ということが、事実なんだろうなと感じました。(´・ω・`)、


あさひ  投稿日時 2012/12/24 21:16
女人禁制とはいえ、姉妹の母を思う気持ちを
理解し、許して命を助けてほしかったです。

神様・・どうして心優しい姉妹に
死という残酷な仕打ちをするのですか・・?
ふぅみん  投稿日時 2012/7/31 11:36
この話しには、泣かされました。
私も、神様と言われるものの、無慈悲さに憤りさえ感じました。

ゲスト  投稿日時 2012/5/13 19:38
姉妹を哀れんで、山に残雪現れるようにするくらいなら、命助けてあげて欲しかった。
母親思いのいい子達なのに・・・。子供達が可哀想そうなのはもちろん、一人残されたお母さんもかわいそう。
神様、ひどすぎます・・・。
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