No.0488
ししおどり
鹿踊り

放送回:0306-B  放送日:1981年09月12日(昭和56年09月12日)
演出:しもゆきこ  文芸:沖島勲  美術:しもゆきこ  作画:しもゆきこ
要調査 / 岩手県 ) 10870hit
あらすじ
このお話にあらすじはありません。あらすじ募集中です。
ナレーション未見のため不明
出典岩手県遠野
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追加情報
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コメント一覧
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ドラゴンド  投稿日時 2018/7/29 13:55
<そのとき西(にし)のぎらぎらのちぢれた雲(くも)のあひだから、夕陽(ゆふひ)は赤(あか)くなゝめに苔(こけ)の野原(のはら)に注(そゝ)ぎ、すすきはみんな白(しろ)い火(ひ)のやうにゆれて光(ひか)りました。わたくしが疲(つか)れてそこに睡(ねむ)りますと、ざあざあ吹(ふ)いてゐた風(かぜ)が、だんだん人(ひと)のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上(きたかみ)の山(やま)の方(はう)や、野原(のはら)に行(おこな)はれてゐた鹿踊(しゝおど)りの、ほんたうの精神(せいしん)を語(かた)りました。

物語はこのような書き出しで始まる。語り手はこの物語を、風から聞いたといっている。語り手が北上の自然の中に溶け込んでうつらうつらとしている間、風の音が人の言葉に聞こえ、それが鹿踊りの本当の精神を語ってくれたという。

語り手は物語を語り終わったあとでも、「わたくしはこのはなしをすきとほつた秋(あき)の風(かぜ)から聞(き)いたのです。」といっている。つまり物語の真の語り手は、これを読者に向かって語っている「わたし」ではなく、北上の山の中を吹いていた「すきとほった風」、つまり自然の精霊というのだ。

こうした言葉から、読者はこの物語が、自然についての、自然そのものによる語りかけなのだと、受け入れることが出来るだろう。ではその自然とはどんな相貌を呈し、それに対して人間はどんなかかわり方が出来るのだろう。

嘉十は北上の野原を耕している農民だ。あるとき脚に怪我をしたので、温泉まで療養に出かける。山道を歩いている途中、お昼ご飯に栃の実の団子を食べたところ、あまりおなかがすいていなかったので、食べ残した団子を置いていくことにした。鹿に食べてもらおうと思ったのだ。

<「こいづば鹿(しか)さ呉(け)でやべか。それ、鹿(しか)、来(き)て喰(け)」と嘉十(かじふ)はひとりごとのやうに言(い)つて、それをうめばちさうの白(しろ)い花(はな)の下(した)に置(お)きました。

再び歩き出した嘉十は、さっきのところに手ぬぐいを忘れてきたことに気づき、戻る途中に、五六疋の鹿の気配を感じる。

<鹿(しか)が少(すくな)くても五六疋(ぴき)、湿(しめ)つぽいはなづらをずうつと延(の)ばして、しづかに歩(ある)いてゐるらしいのでした。
 嘉十(かじふ)はすすきに触(ふ)れないやうに気(き)を付(つ)けながら、爪立(つまだ)てをして、そつと苔(こけ)を踏(ふ)んでそつちの方(はう)へ行(い)きました。
 たしかに鹿(しか)はさつきの栃(とち)の団子(だんご)にやつてきたのでした。
「はあ、鹿等(しかだ)あ、すぐに来(き)たもな。」と嘉十(かじふ)は咽喉(のど)の中(なか)で、笑(わら)ひながらつぶやきました。そしてからだをかゞめて、そろりそろりと、そつちに近(ちか)よつて行(ゆ)きました。
 一むらのすすきの陰(かげ)から、嘉十(かじふ)はちよつと顔(かほ)をだして、びつくりしてまたひつ込(こ)めました。六疋(ぴき)ばかりの鹿(しか)が、さつきの芝原(しばはら)を、ぐるぐるぐるぐる環(わ)になつて廻(まは)つてゐるのでした。嘉十(かじふ)はすすきの隙間(すきま)から、息(いき)をこらしてのぞきました。
 太陽(たいやう)が、ちやうど一本(いつぽん)のはんのきの頂(いたゞき)にかかつてゐましたので、その梢(こずゑ)はあやしく青(あを)くひかり、まるで鹿(しか)の群(むれ)を見(み)おろしてぢつと立(た)つてゐる青(あを)いいきもののやうにおもはれました。すすきの穂(ほ)も、一本(いつぽん)づつ銀(ぎん)いろにかがやき、鹿(しか)の毛並(けなみ)がことにその日(ひ)はりつぱでした。
 嘉十(かじふ)はよろこんで、そつと片膝(かたひざ)をついてそれに見(み)とれました。

嘉十が息を潜めてみていると、鹿たちは輪になって何かを伺っているように見える。輪の中には嘉十がおいてきた栃の実の団子があるが、鹿たちが気にしているのは、その傍らに落ちている手ぬぐいのほうだった。

どうやら鹿たちは、栃の実の傍らに置いてある手ぬぐいを、化け物か何かではないかと、大いに不安がっているようなのだ。そのうち、嘉十には鹿の話し声が聞こえてきた。

<嘉十(かじふ)はほんたうにじぶんの耳(みゝ)を疑(うたが)ひました。それは鹿(しか)のことばがきこえてきたからです。
「ぢや、おれ行(い)つて見(み)で来(こ)べが。」
「うんにや、危(あぶ)ないじや。も少(すこ)し見(み)でべ。」
こんなことばもきこえました。
「何時(いつ)だがの狐(きつね)みだいに口発破(くちはつぱ)などさ罹(かゝ)つてあ、つまらないもな、高(たか)で栃(とち)の団子(だんご)などでよ。」
「そだそだ、全(まつた)ぐだ。」
こんなことばも聞(き)きました。
「生(い)ぎものだがも知(し)れないじやい。」
「うん。生(い)ぎものらしどごもあるな。」
こんなことばも聞(きこ)えました。そのうちにたうたう一疋(ぴき)が、いかにも決心(けつしん)したらしく、せなかをまつすぐにして環(わ)からはなれて、まんなかの方(はう)に進(すゝ)み出(で)ました。
 みんなは停(とま)つてそれを見(み)てゐます。
 進(すゝ)んで行(い)つた鹿(しか)は、首(くび)をあらんかぎり延(の)ばし、四本(しほん)の脚(あし)を引(ひ)きしめ引(ひ)きしめそろりそろりと手拭(てぬぐひ)に近(ちか)づいて行(い)きましたが、俄(には)かにひどく飛(と)びあがつて、一目散(もくさん)に遁(に)げ戻(もど)つてきました。廻(まは)りの五疋(ひき)も一ぺんにぱつと四方(しはう)へちらけやうとしましたが、はじめの鹿(しか)が、ぴたりととまりましたのでやつと安心(あんしん)して、のそのそ戻(もど)つてその鹿(しか)の前(まへ)に集(あつ)まりました。
「なぢよだた。なにだた、あの白(しろ)い長(なが)いやづあ。」
「縦(たて)に皺(しは)の寄(よ)つたもんだけあな。」
「そだら生(い)ぎものだないがべ、やつぱり蕈(きのこ)などだべが。毒蕈(ぶすきのこ)だべ。」
「うんにや。きのごだない。やつぱり生(い)ぎものらし。」
「さうが。生(い)ぎもので皺(しわ)うんと寄(よ)つてらば、年老(としよ)りだな。」
「うん年老(としよ)りの番兵(ばんぺい)だ。ううはははは。」
「ふふふ青白(あをじろ)の番兵(ばんぺい)だ。」
「ううははは、青(あを)じろ番兵(ばんぺい)だ。」
「こんどおれ行(い)つて見(み)べが。」
「行(い)つてみろ、大丈夫(だいじやうぶ)だ。」
「喰(く)つつがないが。」
「うんにや、大丈夫(だいじやうぶ)だ。」
そこでまた一疋(ぴき)が、そろりそろりと進(すゝ)んで行(い)きました。

団子は食べたいが、得体の知れないものがそばにいて、うっかり近づいたらどんな目にあうかわからない、鹿たちのこんな臆病な様子が伝わってくる。

ともあれ最初の鹿の行動がきっかけになって、ほかの五匹の鹿たちも、かわるがわる手ぬぐいに近寄って、その正体を確かめようとする。同じような描写が次々と重なりながら、先へ進むにしたがって次第に事情が明らかになっていく。このように螺旋状に物語が進行していくところは、賢治に特徴的な描写法だ。

鹿たちはついに、この青白い番兵が無害であることを納得する。番兵が無害であれば、安心して栃の実の団子を食べることが出来る。鹿たちの表情は一気に輝きだす。

<「きつともて、こいづあ大きな蝸牛(なめくづら)の旱(ひ)からびだのだな。」
「さあ、いゝが、おれ歌(うだ)うだうはんてみんな廻(ま)れ。」
 その鹿(しか)はみんなのなかにはいつてうたひだし、みんなはぐるぐるぐるぐる手拭(てぬぐひ)をまはりはじめました。
「のはらのまん中(なか)の めつけもの
 すつこんすつこの 栃(とち)だんご
 栃(とち)のだんごは   結構(けつこう)だが
 となりにいからだ ふんながす
 青(あを)じろ番兵(ばんぺ)は   気(き)にかがる。
  青(あお)じろ番兵(ばんぺ)は   ふんにやふにや
 吠(ほ)えるもさないば 泣(な)ぐもさない
 瘠(や)せで長(なが)くて   ぶぢぶぢで
 どごが口(くぢ)だが   あだまだが
 ひでりあがりの  なめぐぢら。」

鹿たちは輪を作って踊りながら、手ぬぐいを角でつついて破った後、栃の実の団子を分け合って食べる。こうしてすっかり満足した鹿たちは、輪を作ったまま風のように踊り始める。そして踊りながら鹿たちは水晶の笛のような声で歌う。

<鹿(しか)はそれからみんな、みぢかく笛(ふゑ)のやうに鳴(な)いてはねあがり、はげしくはげしくまはりました。
 北(きた)から冷(つめ)たい風(かぜ)が来(き)て、ひゆうと鳴(な)り、はんの木(き)はほんたうに砕(くだ)けた鉄(てつ)の鏡(かゞみ)のやうにかゞやき、かちんかちんと葉(は)と葉(は)がすれあつて音(おと)をたてたやうにさへおもはれ、すすきの穂(ほ)までが鹿(しか)にまぢつて一しよにぐるぐるめぐつてゐるやうに見(み)えました。
 嘉十(かじふ)はもうまつたくじぶんと鹿(しか)とのちがひを忘(わす)れて、
「ホウ、やれ、やれい。」と叫(さけ)びながらすすきのかげから飛(と)び出(だ)しました。

すすきのかげから飛び出した嘉十は、鹿たちの踊りに心を奪われ、自分が鹿たちと一体になっていると感じていたに違いない。普通の童話ならここで、嘉十は鹿たちの輪に迎えられ、一緒に踊るという結末をおいてもおかしくない。しかし賢治はそうしなかった。

<鹿(しか)はおどろいて一度(いちど)に竿(さを)のやうに立(た)ちあがり、それからはやてに吹(ふ)かれた木(き)の葉(は)のやうに、からだを斜(なゝ)めにして逃(に)げ出(だ)しました。銀(ぎん)のすすきの波(なみ)をわけ、かゞやく夕陽(ゆふひ)の流(なが)れをみだしてはるかにはるかに遁(に)げて行(い)き、そのとほつたあとのすすきは静(しづ)かな湖(みづうみ)の水脈(みを)のやうにいつまでもぎらぎら光(ひか)つて居(を)りました。
 そこで嘉十(かじふ)はちよつとにが笑(わら)ひをしながら、泥(どろ)のついて穴(あな)のあいた手拭(てぬぐひ)をひろつてじぶんもまた西(にし)の方(はう)へ歩(ある)きはじめたのです。
 それから、さうさう、苔(こけ)の野原(のはら)の夕陽(ゆふひ)の中(なか)で、わたくしはこのはなしをすきとほつた秋(あき)の風(かぜ)から聞(き)いたのです。
嘉十と鹿たちはついに交わることなく、それぞれ違った方向へ去っていく。
araya  投稿日時 2012/9/7 17:59
岩手の話なんですね。宮沢賢治の童話に『鹿踊りのはじまり』(ししおどりのはじまり)と言うものがありますが、キャプチャー画像とは内容が違うようにも思われますし。どんな話なのか、気になります♪
beniko  投稿日時 2012/4/25 22:35
先日、鹿踊りは「ししおどり」とメールで教えてもらいました。(しかおどり、じゃなくて)念のためこちらにも報告しておきます。
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