No.0429
だいろくてんさま
大六天さま

放送回:0269-B  放送日:1980年12月27日(昭和55年12月27日)
演出:フクハラ・ヒロカズ  文芸:久貴千賀子  美術:水野尾純一  作画:細谷秋夫
埼玉県 ) 15617hit
あらすじ

昔、現在の埼玉県狭山市柏原の中宿というところに、大変綺麗好きなお婆さんが住んでいました。

どれだけ綺麗好きかというと、少しも汚れていないのに毎日大掃除をするだけでなく、掃除道具を担いで村へ出歩いては、他人の家に勝手に上り込んで掃除をするほどでした。村人たちは、お婆さんの行動を迷惑がっていましたが、綺麗好きを悪く言うわけにもいかず困り果てていました。

ある日のこと、お婆さんは村外れの大六天さまのところへやってきました。子供たちが大六天さまの前でおもちゃを散らかして遊んでいることが許せず、おもちゃを取り上げてしまいました。家に帰ったお婆さんが、子どもたちから取り上げたおもちゃをかまどの中へ入れて燃やそうとした時、身体中に痛みが走り自由が利かなくなりました。

夜になっても痛みで苦しんでいると、身なりが不潔な男が姿を現しました。この汚い男は「綺麗好きなのは悪くはないが、人に押し付けるのは良くない。せっかく子供たちが、わしの前を散らかしてくれたのにお前は片づけてしまった」と言って、姿を消しました。お婆さんは汚い男の正体が大六天さまだと気づきました。

翌日、お婆さんは痛みに苦しみながらも大六天さまの広場に来て、取り上げたおもちゃを散らかしました。すると痛みは消えて普通に身体を動かせることが出来るようになりました。それからのお婆さんは、自分の家だけを綺麗にするようになりました。

その後、大六天さまの広場は以前にも増して散らかるようになり、この変わった神様のことを「ちらかしさま」と呼ぶようになりました。今でも、大六天さまの石碑の前を片づけたり綺麗にしたりすると、その人は祟りに遭い、怪我や不幸に見舞われると伝えられているそうです。

(投稿者: Kotono Rena 投稿日時 2013-09-01 21:08)


参考URL(1)
http://www.city.sayama.saitama.jp/manabu/rekishi/ehon/kasiwabara/dai6ten.html
ナレーション常田富士男
出典埼玉県狭山市
DVD情報DVD-BOX第10集(DVD第50巻)
場所について狭山市柏原1084番地(大六天=ちらかしさま)
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地図:狭山市柏原1084番地(大六天=ちらかしさま)
追加情報
本の情報国際情報社BOX絵本パート2-第079巻(発刊日:1980年かも)/講談社テレビ名作えほん第078巻(発刊日:1987年6月)
講談社の300より書籍によると「埼玉県のお話」
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※掲載情報は 2013/9/1 22:41 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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大六天総本山より 千葉県香取市山倉1934-1 観  投稿日時 2014/2/9 16:35 | 最終変更
 大六天様は、天部の第六番目に住んでいる為に「第六天と謂い、正式名称を:他化自在天王宮、天部の第六番目(他化自在)第六 天王宮」と、慾界の一番上に住み、全ての慾を司る、日本歴史の 織田信長は「我は第六天の魔王」と自ら申しておりました。
 お上:嵯峨御所から「大六天王宮・二軸」下るから、今は全てのお札・御姿軸等に(第)でなく(大)文字を使用しています。

 当山に弘仁5年西暦815年、弘法大師が勧請しました。日本全国に勧請されている「通称山倉様・大(第)六天の総本山です。大師は自らこの地に勧請されました。本来なら京都東寺か高野山に勧請すべき物を東国のこの地に

 現在全国に祀られている神社の禰宜さんがどのような作法でご勤行をしているー?ー、当山で修法作法を授与されていないので、正式な作法が出来ていないですよ、ここは寺院です。別当職 明治2年5月24日に祭神(大六天)別当職 観福寺に遷座しました。ほとんどの(大六天)は江戸時代に勧請されていますので、村の祭神になっていると想われます。

 散らかす神ではありませんから、人間界の慾を司るご本尊であります。
 
 当山は 千葉県香取市山倉1934-1 山倉山観福寺 電話 0478-79-2802
真言宗豊山派に属しています。 
 真言宗で一番大切な「経典:般若理趣経のご本尊」です。

 通称(山倉様)「福徳知恵愛敬を授ける厄災難除根本道場」と大師は定めました。昨年初卯祭で 1199年目を迎えました。ご本尊は秘仏です。
 化仏は 大黒天・インドヒンズー教のシバ神・オモダカ神(男性の男根)等、

 境内は石段が厄の石段(13段・清め段(5段 自分の五体)本堂に上がる段 男女の厄・本堂に上がる木段(6段 六根清浄)、参道は左右に曲がっていますが、方位除けです。

 参道は生き仏だけが許される参道です。普通寺院は亡骸を寺院の伽藍に安置して葬儀」執行しますが、亡骸は裏から出入りです。祈祷時の衣、葬儀用の衣は 別建てです。

 山号:山倉山 院号:京都御所から「観音地院」 寺号:観福寺(聖観音)勧請 西暦811年 天台宗開祖伝教大師勧請仏で、観音の福を与える寺院で(観福寺)と称します。

 寺紋は 京都御所から 十六菊紋が下る。
 法衣は 緋紫衣の着用許可 堂守に就任すると同時に着用、豊山派の輪違いでない、当山
寺紋付きなり、ご本尊紋・十六菊紋付き法衣である。祈祷専門の御衣なり、葬儀(滅罪用は十六菊紋付きの法衣なり、 

 近年は、「関東八十八カ所が開創・第45番札所」になりました。
                    文責:当山山主 第八十五世 大六天宥恵房照雄
 





マルコ  投稿日時 2013/4/9 21:58
笹井のタケ坊
キツネの嫁入り
日暮らしの馬頭さま
子育ての鬼子母神さま
「ずいこう」のケヤキ
笹井の観音堂
いぼ神様と豆だわら
渡辺稲荷と増島稲荷
などの民話と池原昭治先生の可愛らしい作品を見ることができます!!
興味がある方は、狭山市のホームページへ・・・。

「大六天さま」狭山市のホームページより引用

むかしのお話です。柏原かしわばらの宿しゅくに「大六天だいろくてんさま」という、ちょっと風がわりな神さまがありました。また、この神さまは通称「ちらかしさま」ともいわれていました。
 そのわけは、となりの村にたいへんきれい好きなおばあさんが住んでいました。おばあさんは自分の家はもちろんのこと、他人がちらかしたりしていますと、こごとをいってなおさせました。
 それは、病的なくらいだったそうです。それで、近所の人たちは「おばあさんのきれい好きもいいけど、もう少しなんとかならないものだろうか」と、いつも話していました。そんなある日のことでした。おばあさんがいつものように、こごとをいいながら歩いているうちに、いつの間にか柏原の方までやって来たときのことです。
 おもて通りから少し入った所に小さな石碑せきひが立っていて、そこには大六天と書かれた神さまがまつってありました。そのまわりには、だるまやへいそく、子どものおもちゃなどが、いっぱいちらかっていました。
 おばあさんは「これは、ひどいわい」と、さっそくきれいにかたずけて「神さまの前を、こんなにちらかして、なんてことだんべえ」と、近所の人たちをさんざんしかりつけて帰りました。
 それからしばらくたって、おばあさんは、やまいにたおれ、また、身うちの者が災難(さいなん)にあったり、さんざん不幸がつづきました。
 この大六天さまは、ちらかしていることを好む神さまといわれ、ちらかしてあるものを、かたずけたりなおしたりすると、その人に必ずたたりがあり、けがをしたり、不幸があるといわれています。
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