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No.1415
たけやぶからばけもの
竹やぶから化けもの

放送回:0899-B  放送日:1993年08月14日(平成05年08月14日)
演出:木村哲  文芸:沖島勲(脚本:平柳益実)  美術:古宮陽子  作画:数井浩子
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あらすじ

むかし、ある村に九右衛門辻子(くえもんずし)という小さな道があった。この道は2つの寺のある大きな森の中を通っており、森の中には道を横切る小川があった。小川には半分朽ちかけた土橋が架かっており、辺りは浄泉寺のこんもりとした竹やぶ、その奥は良覚寺の墓場となっていた。そこは昼間でも薄暗く気味が悪いので、大の大人でも九右衛門辻子を通るのを避けていた。

しかし、全く通らないという訳にもいかず、ここに二人の男が村の寄り合いで遅くなったため、雨の中、夜の九右衛門辻子を急いでいる。二人が小川に架かる土橋のところまで来ると、小川から赤く光る目がのぞき、怪しい声が聞こえる。「下駄貸そか~~~、傘貸そか~~~」二人は震え上がり、大慌てでその場から走り去る。

それからしばらくして、彦三郎という男が親戚の招きで隣村まで行くことになった。隣村に行くためにはどうしても九右衛門辻子を通らねばならない。この彦三郎という男、臆病者であったが酒には目がなく、親戚の集まりで振舞われる酒のことなど考えながら九右衛門辻子を通って行った。彦三郎は親戚の家で勧められるままに酒を飲み、グテングテンに酔っ払ってしまう。

彦三郎が半ば追い出されるように親戚の家を出た時には、あたりは真っ暗になっており、おまけに黒い雲まで立ち込めていた。彦三郎が千鳥足になりながら九右衛門辻子を通る頃、とうとう雨が降り出した。彦三郎はそれでも上機嫌で鼻歌を歌いながら土橋のところまで来る。すると風が吹き始め、小川の中から赤い目が光る。そしてどこからともなく怪しい声が聞こえる。

「下駄貸そか~~~、 傘貸そか~~~。」酒が入っていた彦三郎はさほど怖いとも感じず、ちょうど雨に降られ濡れていたので、「下駄も傘も貸してくれ~~~!!」と怪しい声に答えた。すると竹やぶの中から傘と下駄が飛び出し、彦三郎の前にやって来た。彦三郎は、これで濡れなくて済むと思い、「化け物、明日返すぞ~~」と言って家に帰って行った。

翌朝、酔いから覚めた彦三郎は自分のしたことが怖くなってしまい、嫁さんと二人で化け物から借りた下駄と傘を恐る恐る見てみる。すると土間には馬の骨と馬用のわらじが転がっているだけだった。

これを聞いた村人は、雨に降られて難儀している彦三郎をみかねて、カワウソが助けてくれたのだろうと言った。それから九右衛門辻子の化け物の噂は消えて、周りに人家なども建つようになったという話だ。(カワウソが小川から顔をのぞかせる)

(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-7-9 9:37 )


ナレーション市原悦子
出典石崎直義(未来社刊)より
出典詳細若狭・越前の民話 第二集(日本の民話73),杉原丈夫、石崎直義,未来社,1978年12月15日,原題「竹藪から出た化けもの」,採録地「敦賀市」,採集「中道太左衛門」,再話「石崎直義」
場所について九右衛門辻子の土橋(地図は適当)
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地図:九右衛門辻子の土橋(地図は適当)
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※掲載情報は 2011/7/9 15:30 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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元市民  投稿日時 2017/2/28 2:28
 この当たり(金が崎~曙~栄新町~港町で結んだ周辺)は、昔は可也の数の寺社がありました。現在でも可也の数の寺社が現存しています。市民の中には、200年来お付き合いがある寺社もあり、そのような家では空襲で焼け残った家夫々に寺社の古文書や地図が残っています。
 敦賀市の市史には、それらから提供された寺社一覧の図や、400年前の町の地図等が掲載されています。私が確認したのが大分前で、記憶にはありません。もう早々見ることは出来ないので、興味のあるかたは敦賀の図書館に行けば書籍が閲覧できます(昔は貸出不可・予約要でしたが、今は分かりません)。
ファン  投稿日時 2016/1/18 12:11
DVDで、「竹やぶか化けもの」が出たら即買い何ですがね〜。
匿名希望  投稿日時 2014/11/27 15:45
化け物に出くわして、痛い目にあうかと思いきや。
運よく、家に帰る事が出来てラッキーだね!
beniko  投稿日時 2013/8/21 1:45
もし、このお話の舞台である場所近くにお住まいでしたら、関係ある周辺の写真など送ってほしいです。ご検討ください、宜しくお願いします。
住職  投稿日時 2013/8/19 23:59
実在する子孫の名前が出ています。驚きました。
良覚寺さんは、現存します。敦賀空襲のあと、移転されました。
araya  投稿日時 2011/12/28 6:07
『若狭・越前の民話』(石崎直義,未来社)によると、敦賀市で採録された話とのこで、舞台は泉村(もと泉区)にある「九右衛門辻子」と「めくら川」が交差するところにかかる土橋。
土橋を渡った九右衛門辻子の左手が良覚寺の乱塔場(アニメでは法覚寺の墓場)、右手が浄泉寺の竹やぶになります。敦賀市泉の周辺の寺を探すと、小川を渡ると浄泉寺があるロケーションがありましたが、良覚寺はありませんでした。ただ、めくら川周辺は竹やぶを含めて開発がなされ、当時の面影はないこと。浄泉寺の周辺は大小20近い寺社が集まる寺社町であること。九右衛門辻子の浄泉寺向かいの寺は寺名が曖昧であることなど。これらから、めくら川が暗渠や側溝に整備されている可能性、寺社町であれば寺の興亡も激しく、良覚寺も今はない寺である可能性などがありますので、それらを勘案した立地から、下記のポイントに九右衛門辻子の土橋があったものと推定しました。

http://g.co/maps/pv3jx
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