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No.1410
みちしるべのまつ
道しるべの松

放送回:0896-B  放送日:1993年07月17日(平成05年07月17日)
演出:玉川真人  文芸:沖島勲(シナリオ平柳益実)  美術:板倉佐賀子  作画:中村裕之
青森県 ) 7632hit
あらすじ

昔、青森県の西津軽に小さな村があった。津軽の冬は厳しいもので、日本海から吹き付ける西風は遮るものが無く、物凄い唸り声をあげながら激しい吹雪が村を吹き抜けた。

その村に住む茂平は、ある日どうしても隣の港町に行かねばならない用事があって、出かけることになった。道は海から吹きさらしになっているものだから、激しい吹雪が容赦なく襲った。

港町へ向かう途中、道が二手に分かれていて一方は山へと続いていた。茂平が分かれ道に着いた時、強いつむじ風が吹き、茂平は風にまかれて方向を失ってしまった。茂平はとりあえず、一方の道を進むことにしたが、歩き疲れて一歩も動けなくなった。

その時、視線の先に一軒の家が見えたので、力を振り絞り家に向かうと、家から出てきたのはなんと自分の妻だった。吹雪で方向がわからなくなった茂平は、いつの間にか自分の来た道を戻っていたのだった。

茂平は自分の経験と、吹雪で命を落とした人たちのことを思い、海沿いの道に道しるべとなる松の木を植えることを決めた。茂平は自分の山から小さな松を掘り出しては、道に松を植え続けた。ところが、春から夏にかけて青々と育った松は、秋から冬になると激しい西風で全て枯れてしまった。

茂平は諦めず松の木を植え続けたが、その度に枯れてしまった。すると茂平は、自分の田畑を売って遠くの町の海岸で育った丈夫な松の苗を買って植えるのだった。

ある年のこと、やっと一本の松が立派に育った。しかし、その年の冬は何年に一度の厳しい冬で、茂平は松の木のことが心配になり、激しい吹雪の中、松の木へと向かった。松の木の所に着くと、茂平は吹雪から守るべく木にしがみついた。

夜になると吹雪は益々激しくなり、意識が遠のきそうになった。その時、茂平の視線の先に白い影が沢山現れ、茂平と松の木を守るように取り囲んだ。

茂平は白い影のおかげか、吹雪の中でも死なずに済んだ。茂平は白い影の正体が吹雪で命を落とした人々の亡霊だと思った。この時の松は、その後すくすくと育ち人々はどんな吹雪の日も道を失うことがなくなった。

人々はこの松を『道しるべの松』と呼び、それはやがて沿道の美しい松並木に育ったそうだ。

(投稿者: Kotono Rena 投稿日時 2014/11/16 21:50) 


ナレーション市原悦子
出典青森の伝説(日本標準刊)より
場所について青森県つがる市 (地図は適当)
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地図:青森県つがる市 (地図は適当)
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※掲載情報は 2014/11/17 8:24 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
6件表示 (全6件)
ゲスト  投稿日時 2016/1/23 19:41
森山地蔵様の松 (もりやまじぞうさまのまつ)青森県西津軽郡深浦町森山
樹種 クロマツ  樹高 18m  目通り幹囲 6.2m
国道101号森山トンネル北口を起点にすると、北北東約150mの位置に、
このマツが立っている。車窓からも、水田の先にマツの頂部が見える。
立ち上がってすぐ3幹に分かれている。
遠くからは見えなかったが、根元に小祠がある。地蔵様を祀っている、周囲ところまでの刈り払われた道を見て, 地元民から大切にされていることが良く分かる。
海岸からは、直線で300mほどの距離。
http://www.hitozato-kyoboku.com/moriyama-matsu.htm
http://blog.livedoor.jp/tomozoh1003/archives/23270383.html
ゲスト  投稿日時 2016/1/23 18:43
松神駅(まつかみえき)は、青森県西津軽郡深浦町大字松神字上浜松にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)五能線の駅である。
いくつかある十二湖の入口駅のひとつであるが、利用者は少なく1971年(昭和46年)から無人駅となっている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E7%A5%9E%E9%A7%85

西津軽郡には、松神村が江戸時代にあった。地名として松神駅が残っている。
(お話と関係があるは不明です。)
ゲスト  投稿日時 2016/1/23 18:33
御仮屋公園
弘前藩の奉行所が置かれた地。
藩政期、風待ち湊として北前船の出入りでにぎわった頃、奉行所がこの地に置かれ藩主巡幸の折の旅宿(仮屋)にも使われた。
九代藩主 津軽寧親公は、特にこの仮屋が気に入られ「無為館」と名付けしばしば逗留した。
深浦十二景にも「無為館松嵐」が選ばれ、今、松に吹く風に往時が偲ばれる。(現地案内板より)
住所 青森県西津軽郡深浦町深浦岡町250−1
http://meiji-ishin.com/okariyakoen.html
ゲスト  投稿日時 2016/1/23 18:30
御仮屋のクロマツ
西津軽郡 深浦町 深浦字岡町 御仮屋
 深浦港を囲む山の中腹から稜線にかけて、クロマツの大木が群生しているのが見えた。遠くからはよく見えたマツ群も近づくとどこにあるのか見失ってしまう。とにかく見えるマツの大木を目指していくと、御仮屋と呼ばれる場所に出た。ここにはクロマツの大木が並んで存在していた。港を望む部分から遠望すると、眼下には寺らしきものがあり、その周辺にもクロマツの大木が群生している。どうやら、最初に見たクロマツ大木は眼下のものらしい。
御仮屋の中央付近の海側に最大木がある。根元に傷があるが樹勢は旺盛である。
1.3m周囲3.88m、樹髙17m、枝張り21m、推定樹齢160年
http://pinus.eco.coocan.jp/aomori/page036.html
http://pinus.eco.coocan.jp/aomori/page037.html
ゲスト  投稿日時 2016/1/23 18:13
あおもり松前街道
津軽半島東部の青森市から龍飛崎に至る約120kmのルートです。ルートの大半を占める国道280号は、藩政時代に北海道の松前藩主が参勤交代で通ったことから通称「松前街道」と呼ばれており、街道沿いには歴史資源や伝統芸能が今も随所に残されています。
松前街道の沿線には、藩政時代から街道を行き交う人々を見守り続けてきた松の古木が各地に残されています。
http://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kenmin/hi-renkei/aomori-matsumaegaidou.html

西津軽の茂平さん松の木ではないかも知れませんが、雰囲気が良く解ります。
ゲスト  投稿日時 2016/1/23 17:48
すごいお話ですね。松が残り、人々が救われて良かったです。
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