昔々、阿波の国の山奥に住む百姓の親子が、三人そろってお伊勢参りに出かけました。
親子が泊まった最初の宿では、名物として当時は珍しかった「饅頭」が出されました。親子は饅頭の食べ方が分かりませんでした。見栄っ張りなお父ちゃんが「こうやって食べるんじゃ!」と、饅頭をぽーんと放り投げると、饅頭はお父ちゃんの頭にあたって、ころころと畳に転がりました。お母ちゃんも子供も真似をして、饅頭をぽーん、ころころ……。結局、親子はその夜何にも食べずに床につきました。
次の日、親子は空腹のまま旅を続け、途中の茶店で饅頭を食べる侍を見かけました。侍の食べ方を真似して、親子はやっと饅頭を食べることができました。
さて、その日の宿では、名物として「首巻き素麺」が出されました。親子はまた食べ方が分かりませんでした。すると「こうやって食べるんじゃ!」と、お父ちゃんが首巻き素麺を首に巻きつけて食べ始めました。お母ちゃんも子供もそれを真似してみましたが、素麺が喉に詰まって食べられません。親子は素麺を食べるのを止め、早々に寝ることにしました。
さて布団を敷こうとすると、布団と一緒に六枚折りの「屏風」が出てきました。「これは立てて絵を見るもんなんじゃ!」と早速お父ちゃんが屏風を立てようとしましたが、立て方が分からず、屏風はすぐに倒れてしまいます。とうとう親子は、屏風が倒れないよう朝まで押さえておくことにしました。翌朝、親子は一睡もしないまま宿を出発しました。
分からないことは見栄を張らずに素直に聞けば、旅もまた楽しいものなのに……。
結局この親子、見栄を張り過ぎて旅を楽しむことができず「何でこんな目にあわなければならんのじゃ。まあ、もう来んぞぃ。投げまき饅頭、首巻き素麺、六枚屏風の立てかやし!」と、お伊勢参りを中止して、ぷりぷり怒りながら阿波の山奥へ帰って行ったそうです。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2012-7-5 6:50)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 湯浅良幸(未来社刊)より |
出典詳細 | 阿波の民話 第一集(日本の民話08),湯浅良幸、緒方啓郎,未来社,1958年06月15日,原題「世間知らずの伊勢参り」,採録地「勝浦郡」,話者「傍示イソノ」 |
場所について | 勝浦郡上勝町(地図は適当) |
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