昔、越中の白萩という所に大変裕福で腕も立つ鍛冶屋が住んでいた。この鍛冶屋には大事に育て上げた綺麗な娘がおり、娘が年頃になると鍛冶屋はどこかに良い婿はいないかと娘に相応しい男を探したが、中々良い相手は見つからなかった。
そこで鍛冶屋はやはり家業の刀鍛冶を継いでくれるのが良いと考え、「一晩で千本の槍を鍛えた者を婿に迎える」という看板を立てたが、あまりの無理難題に志願 する者は誰もいなかった。しかし近くの山に住む魔神がこれを見てあの美しい娘の婿になろうと思い、颯爽と山を駆け下りると若い男に姿を変え、娘の婿になり たいと鍛冶屋に申し込んだ。
鍛冶屋は明日の朝までに千本間違いなく槍を鍛え上げれば娘の婿にする事を伝え、男は早速仕事場に閉じ籠ると一 心不乱に槍を鍛え始めた。ところが夜中になって仕事場からふいごや金床の音が聞こえてこなくなり、不思議に思った鍛冶屋がそっと仕事場を覗いてみると、なんと魔神に戻った男が凄まじい炎を吐きながら鉄の棒を口に咥えて切っては曲げを繰り返し、槍を瞬く間にこしらえていたのである。
魔神の側にある槍の山を見て鍛冶屋は、この勢いでは夜明けまでに千本は必ずできあがるだろうと悟り、約束通り魔神が娘の婿になる事を恐れた。鍛冶屋は今すぐ 魔神の仕事を止めさせようと一番鶏が留まっている竹竿に湯を流し込み、足下を温め一番鶏を早く起こし鳴き声を上げさせた。
この時魔神は最 後の一本を鍛え終えようとしていたが、一番鶏の鳴き声を聞くや否やもう夜が明けてしまったと慌てて仕事場を飛び出し一目散に山へ逃げ帰った。しかし辺りを見るとまだ夜中である事に気付き、一杯食わされたと知った魔神は酷く悔しがったがどうすることもできなかった。
この魔神が残した999本の槍の穂先はいずれも見事な出来栄えで、鍛冶屋も舌を巻くほどであったというが、その後鍛冶屋の娘は何故か婿を取らず、父親が死んだ後もずっと一人で暮らしたという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2013-1-15 1:55)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 石崎直義(未来社刊)より |
出典詳細 | 越中の民話 第二集(日本の民話55),石崎直義,未来社,1974年09月30日,原題「魔神が作りそこなった千本槍」,採録地「下新川郡入善町」,話者「奥田新作」 |
場所について | 越中の白萩(地図は適当) |
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