むかし、埼玉のある村のはずれに、杉の木の皮で屋根を葺いた古い一軒屋があった。その家には、おじいさんとおばあさんが二人きりで住んでいた。
ある日のこと、山から腹を空かせた狼が一匹下りてきた。狼は川で洗濯しているおばあさんを見ると、おばあさんに狙いを付けた。狼は、おばあさんを食べようと畑まで後をつけるも、近くにはいつも鎌を持ったおじいさんがいるので、おばあさんを襲うことが出来ない。仕方なく狼は二人に先回りして家に戻り、家の縁の下で様子をうかがうことにした。
さて、二人が野良仕事から帰って来ると、家の周りに狼の足跡がある。これを見たおじいさんは、「大変だ狼が家の周りにいる」とおばあさんに言う。しかし、おばあさんは家には鍬や鎌があるので、家に入って来たら鍬や鎌で追っ払えばいいので心配ないと言う。更におばあさんが言うには、こんな雲行きの日には“むりどん”が来そうだ。むりどんは狼よりもおっかないと言うのだ。
これを縁の下で聞いていた狼は、色々な動物を思い浮かべるが、“むりどん”などと言う動物は思い当たらない。二人が言うには、むりどんは戸締りをしても、どこからでも入って来るのでかなわないそうだ。これを聞いた狼はいよいよ怖くなり、“むりどん”とは化け物の類に違いないと思うのだった。
むりどんが恐ろしい狼であったが、もしむりどんが来なければ二人が寝静まった後、二人とも食べてしまうことが出来るので、怖いのを我慢してもう少し様子を見ることにした。
そうこうしている内に、雲行きがあやしくなり雷が鳴り出した。とうとう雨が降り出し、家の中では「むりどんが来た!!」と言って大騒ぎになった。おじいさんとおばあさんは慌てていたので水がめを倒してしまい、水が縁の下にいた狼にかかった。すると狼はむりどんに襲われたと勘違いして、大慌てで縁の下を飛び出し、腹を空かせたまま山に帰っていってしまった。
家の中はそこらじゅうで雨漏りしていて、雨漏りがするところの下には皿や茶碗が置かれ、落ちてくる雨しずくを受けていた。“むりどん”とはこの地方で雨漏りをさす言葉だったのだ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-6-12 11:19 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 埼玉の昔ばなし(三丘社刊)より |
出典詳細 | 里の語りべ聞き書き 第01巻,川内彩友美,三丘社,1986年04月10日,原題「むりどん」 |
VHS情報 | VHS-BOX第4集(VHS第36巻) |
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