むかしむかし、愛媛県の長月小岩の帆柱(ほばしら)山の轟の滝と呼ばれる滝があった。
轟の滝から少し下がった長月という村にコンさんという人がいて、このコンさんは鰻釣りの名人といってこの辺ではちょっと有名だった。コンさんはもう35過ぎておろうというのに一向に嫁を取ろうとするでもなく、一人で住んでいた。日がな鰻捕りのことばかりに熱中しておったから、親の残した田畑は荒れ放題だったがそんなことは一向に構わなかった。
ある日コンさんは釣り道具を抱えて轟の滝へと出掛けた。轟の滝には昔から主が住んでいて、その主は大きな鰻だと伝えられていた。コンさんはこの滝の主を釣ってやろうと決心していた。コンさんは滝壺に着くと、しばらく様子など見て早速釣りの仕掛けにかかった。
この日、コンさんは何度も何度も仕掛けしては滝壺に釣りを入れたが、その度に餌だけ取られて鰻は一向にかからなかった。そのうち持ってきた餌を全部取られてしまって、仕方なしにコンさんは暮れかけた道を空のびくを提げて帰った。鰻捕りの名人と言われたコンさんにとって、こんなことは初めてのことでどうにも腹が収まらなかった。
それで翌日もコンさんは、轟の滝へ出掛けた。だのに、いくらコンさんが釣りを入れても餌を取られるばかりで鰻は一向にかからなかった。コンさんは何や轟の滝に馬鹿にされているように思えた。その日も餌を全部取られてしまって、コンさんは日暮れの山道を帰った。その夜コンさんは、何としても滝の主の鰻を釣ろうと心に決めた。そして鰻が餌に食いついたらどうしても離れないような針を一晩がかりで拵(こしら)えた。
翌日、コンさんはその針を持って滝へと出掛けた。コンさんは今日こそ滝の主の鰻を釣りあげてみせると誓って仕掛けを始めた。とうとう、鰻はコンさんの針にかかった。コンさんは逃がしてなるものかと必死に糸を引いた。コンさんと鰻の糸の引っ張り合いが続いた。コンさんは懸命に鰻を掴んで引き上げたがところがどうだ、この鰻の長いこと長いこと、コンさんが引いても引いてもいつまで引っ張っても尻尾が出て来ない。そのうち、山はうっすらと暮れかけてしまった。
さすがのコンさんも疲れ果ててしまったが、まだ鰻の尻尾は見えない。こりゃあいつまでこうやって引いていたら終わるのかコンさんは心細くなってきた。その時、「何をやるにも分別が大事じゃ」と滝壺から声が聞こえてきた。コンさんはたった一人で日暮れまで鰻を引いている自分が何やら悲しくなってきた。コンさんはとうとう鰻を諦めて、滝壺に放してやった。
その後、コンさんは鰻釣りをプッツリとやめてしまった。しばらくして、コンさんは嫁を貰うとまるで鰻のことなど忘れたかのように畑仕事に精を出したのだった。
(投稿者: 龍虎 投稿日時 2011-8-14 23:13 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 愛媛県 |
場所について | 轟の滝(長月川上流の帆柱山の山中)地図は適当 |
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