昔、宮崎県延岡の東海(とうみ)に一人の山姥が住んでいた。赤茶けた髪を長くたらした山姥は、色の白い小さな女だった。
山姥は山の崖っぷちに横穴を彫って暮らしていたが、この横穴にはお膳やお椀が沢山あり、村人達は祝い事や葬式の度にこの山姥のところへ借りにいった。山姥はいつでも頼んだだけのお膳とお椀を出してくれたが、何をするにも後ろ向きで決して顔を見せる事はなかった。
ある婚礼の後の居残りの宴会で、このことが話題に上った。始めのうちは山姥への感謝の気持ちを話していた村人達だったが、次第に山姥の顔への好奇心がむき出しになってくる。そんな会話に苛立った源太という若者が、酒の勢いもあって「俺が山姥の顔を見てきてやる」と言って出て行き、実は好奇心が押さえきれなくなっていた村人達も後を追った。
山姥の穴の前に来た源太は「膳と椀を返しに来た」と言い、それを受け取ろうとした山姥の手を掴んで思いきり引っ張った。途端にすさまじい地響きととともに雷光のような眩い光。恐れおののいて「手を放せ」と叫ぶ村人達の叫び声に耳も貸さず、源太は山姥の頭を掴んでグイッと振り向かせた。その顔を見た瞬間、源太は恐怖で吹っ飛ぶ。
地鳴りも収まり、駆け寄った村人が声をかけるが源太はまるで腑抜けの様になっていた。恐る恐る穴の中を覗いてみても、中はもぬけの殻で山姥はおろか膳も椀も何もなかった。ただ、何処からか琴のような悲しげな響きが聞こえて来るだけだった。山姥はそれ以来二度と姿を現さなかった。村人達はこの小さな山のことを、琴塚と呼ぶようになったという。
(引用:狢工房サイト)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 宮崎の伝説(日本標準刊)より |
場所について | 延岡市稲葉崎町、桜ケ丘近くの小高い山(地図は適当) |
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