玉泉寺

2012/5/6 18:56 ※この画面は印刷専用画面です。
玉泉寺-まんが日本昔ばなし〜データベース〜)

玉水住職のお話では、関東で広まっていた節分の風習を広めるに当たって、くぬぎの大木があったことから、後世の布教説話として流布させたものではないかとのこと。また、物語の中にある「夜に撒いた豆を村人が拾いに来る」というくだりについては、昔は住職が夜になると寝静まった村を豆を撒いて歩いたため、朝になって豆を拾いに出たとのことでした。

(araya   投稿日時 2012-5-15 20:10  )

文明年間(1480年前後)に下総国東昌寺の能山聚藝禅師が諸国巡錫された折り、玉泉寺を開山。(araya撮影、2012年5月6日)
文明年間(1480年前後)に下総国東昌寺の能山聚藝禅師が諸国巡錫された折り、玉泉寺を開山。(araya撮影、2012年5月6日)
その後「くぬぎの精といり豆」にみられる節分の民話が伝承され、豆撒き由来のお寺とされました。(araya撮影、2012年5月6日)
その後「くぬぎの精といり豆」にみられる節分の民話が伝承され、豆撒き由来のお寺とされました。(araya撮影、2012年5月6日)
横の大木はイチョウで、開山当時に植?えられたものの二代目ではないかと言われています。(araya撮影、2012年5月6日)
横の大木はイチョウで、開山当時に植?えられたものの二代目ではないかと言われています。(araya撮影、2012年5月6日)
お話URLhttp://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=849
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