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松山の洞窟 についてのコメント&レビュー投稿
戦の後、落ち武者が村に逃げてきた。村人は同情して捕らえようとはしなかったが、助けるわけにもいかず近くの洞穴に隠れていることを見て見ぬ振りすることが精一杯だった。 ある夜...…全文を見る

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以下参照(以下のコメントに対して返信しようとしています)
Re: 松山の洞窟
投稿者: Perenna 投稿日時: 2019/2/16 22:07

この昔話と関係のありそうな、東北地方の松山という地名を調べてみたら、秋田県大仙市花館字松山が見つかりました。
大正元年に出版された「仙北郡案内」には花館村について、次のようなことが書かれています。(コマ番号49/135)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/947776

「本村西端に松山と称する一小山あり、太平山脈の一帯にして、雄物川に臨む、傳云、後三年の役、安倍貞任籠城したる所なりと、奇巌怪石相起伏し、老杉古松蒼鬱として天を掩ふ、(中略) 又山上洪福寺と称する一大伽藍ありしか、天長七年の大地震に崩陥し、地下の洪鐘時に鳴ると云ふ」

また、明治44年に出版された「秋田県案内」では、松山公園について以下の様に書かれています。(コマ番号145/230)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/763203

「●松山公園(鶴羽形城趾) 安倍貞任の柵にして桜樹に富み花館村の名之に出づと貞任は義家に亡されて柵落ちたり傍らに貞任の菩提寺たる洪福寺趾あり徐福の塚もありしが天長の大震に埋没せり後名の如く松山となりしが花館村に於て桜樹を植ゑ公園を経営せり
●伝説 義家軍破れ神宮寺の柵に捕はれぬ貞任の末女鹿姫之を慕ひて通じ子を産み窃に遁れんとせり貞任之を聞知して大に怒り女及生後五十日の児を生ながら埋めたり後人之を悲しみ神に祭れりといふ」

松山公園は現在では、姫神公園と改称されたらしいです。
この昔話では落ち武者が洞窟に生き埋めになりますが、地元の伝説では安倍貞任の娘が源義家と密通して子を産み、怒った父親の貞任によって母子ともども生きながら埋められてしまったそうです。
ほかにも洪福寺というお寺が大地震で埋まってしまい、地下から鐘の音が聞こえたといった話もあるようです。
おそらくこの昔話は民間のあいだで、これらのいろいろな伝説が混ざり合って、生き埋めになった落ち武者の話として伝承されていったのではないかと思われます。

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