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梅津の長者 についてのコメント&レビュー投稿
昔々、山城の国の梅津(うめづ)にたいそう貧乏な夫婦がいた。この夫婦、働いても働いても貧乏で、食べる物と言えば、野山で採れる木の実やイモばかり。それでも2人は正直者で、人...…全文を見る

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Re: 梅津の長者
投稿者: ゲスト 投稿日時: 2016/3/8 14:21

旧梅津村
=公称町名=
梅津構口町、梅津東構口町、梅津南町、梅津北町、梅津中村町、梅津堤上町、梅津堤下町、
梅津石灘町、梅津神田町、梅津高畝町、梅津南広町、梅津北広町、梅津段町、梅津上田町、
梅津南上田町、梅津後藤町、梅津北浦町、梅津西浦町、梅津徳丸町、梅津開キ町、梅津林口町、
梅津北川町、梅津坂本町、梅津前田町、梅津罧原町、梅津フケノ川町、梅津中倉町、梅津尻溝町、
梅津大繩場町、東梅津前子町
町数 : 29+1

旧葛野郡梅津村は昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。
梅津村には東梅津、西梅津の2つの大字があった。
このうち、大字東梅津の区域は大部分が「梅津」を冠称する24町に編成され、残余は大字東梅津として残された。
大字西梅津の区域は「梅津」を冠称する6町(罧原町、フケノ川町、前田町、中倉町、尻溝町、大縄場町)となった。
その後、昭和44年に東構口町、南上田町が成立、長通町、畑田町、六竹町が廃止され、「梅津」を冠称する町名は現在は29町となっている。
昭和40年(1965年)、当時の京都市内各所に残存していた「大字○○字XX」の区域はすべて「町」となり、「○○XX町」と改称された。この際、「大字東梅津」として存続していた区域は東梅津前子町となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%8F%B3%E4%BA%AC%E5%8C%BA%E3%81%AE%E7%94%BA%E5%90%8D#.E6.97.A7.E6.A2.85.E6.B4.A5.E6.9D.91

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