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ネズミ浄土 についてのコメント&レビュー投稿
昔、ある所にじい様とばあ様がおった。焚き木取りに山へ出かけたじい様が、弁当のきゃんば餅を食べようと包みを開くと、沢山の子ネズミ達がにおいにつられて集まって来た。優しいじ...…全文を見る

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Re: ネズミ浄土 浄法寺町の町名の由来
投稿者: ゲスト 投稿日時: 2015/10/20 12:42

浄法寺氏(じょうほうじし)は、日本の氏族。
浄法寺氏の本姓は畠山氏、元久2年(1205年)6月、畠山重忠とその子重保・重秀等は事に座して誅されたが、三男重慶は難を逃れて、鎌倉浄法寺にて出家したのち奥州に下り還俗して、二戸郡安比川川谷の中心部(岩手県二戸市)に住み着いたのが始まりと伝える。(奥南旧指録)
戦国期に安比川流域で屈指の大豪族となり、松岡、太田、駒ヶ嶺、大森氏などの諸氏がこの一族という。
浄法寺重安は、天正19年(1591年)9月、九戸政実の乱において九戸城攻略の先鋒として活躍し乱後には5000石となる。また盛岡城構築のさいにも奉行並5人衆として参加した。
慶長6年(1601年)岩崎一揆において岩崎陣に参加したさい、重安の嫡男重好は岩崎城代として前線警備の責任者であったが、南部勢が冬が迫っていたためため春まで主力を撤収したあとに、密かに浄法寺に帰り春に再征したことが発覚し、その怠慢の罪を問われて廃家没収されて家系も断絶となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E6%B3%95%E5%AF%BA%E6%B0%8F

↑浄法寺町の地名は、氏族名からのようです。

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