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浄光院の虚空蔵さん についてのコメント&レビュー投稿
むかしむかし、広島の安佐郡八木というところに浄光院というお寺があって、そこには虚空蔵さんという小さな木像が祀ってあった。この虚空蔵さんは、病気も治すし、お参りすればお金...…全文を見る

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Re: 浄光院の虚空蔵さん
投稿者: ゲスト 投稿日時: 2015/10/19 16:22

八木(やぎ)は広島県広島市安佐南区の地名。
古の養義郷。935年の「倭名類授賞聚抄」には養我と書かれており、平安期以降に八木と呼ばれるようになった。
大昔から極秘とされ窺い知ることのできない、得難い秘伝の謡や曲(『八木邑伝の大躍五番六調子』)が八木村にはあり、いつの頃からか雨乞いの祈願として使われるようになり名高い三種の雨乞い法があった。極秘にするあまり知るものが少なくなったため、大正6年80歳以上の老人が集まり村の若者に教え込み、光広八幡神社の大祭日である八朔に踊られた。
かつて太田川は、阿武山の麓に環り流れていた。延喜2年の洪水の時、今井田の障子岩倒れで水勢川筋が移り現在の位置となったと伝えられている。
出雲国につながる雲石街道、太田川の水運によって、古くより陸上交通、水上交通で大きな役割を果たしている。
1221年の承久の乱で活躍した香川経景が褒賞として安芸国八木を与えられ、その子香川景光が八木城(現在の城山地区・八木5丁目)を築城した。その後毛利元就によって太田川を守る要塞となった。
明治の廃藩置県で広島県沼田郡八木村になり、1955年に緑井村、川内村と合併して安佐郡佐東町が発足(国道54号佐東バイパスの名称は、この佐東町に由来)。1973年、広島市と合併して広島市佐東町になり、政令市に移行して広島市安佐南区八木となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%9C%A8_(%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B8%82)

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