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白ごろもの坊さま についてのコメント&レビュー投稿
あるところに、きこりの夫婦が住んでいた。 夫婦には12人の子ども達がいて、貧しいながらも仲良く暮らしていた。 ある日のこと、おっとうが木を切りたおしたとき、運悪く下敷きにな...…全文を見る

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Re: 白ごろもの坊さま
投稿者: トモメル 投稿日時: 2014/9/22 18:07

スーちゃんの妖怪通信 弘法大師と石芋と(秋田県 仙北郡美郷町 [旧千畑町] )
より抜粋
http://www.rg-youkai.com/tales/ja/05_akita/15_isiimo.html

空海自身が全国各地に伝わるこれらの奇跡・・・同工異曲の感もあるが・・・
を起こしたとしたら、 徒歩で旅する平安時代であるから、
かの松尾芭蕉も裸足で逃げるほどの驚くべき長い旅程をこなしたことになる。
至るところに出没なさった、といっても過言ではない。
いくら超人だといっても昔、こんな旅が可能だっただろうか。

ことに空海は、仏門の指導者として高野山で道場を開いていたし、著書も「三教指帰」「性霊集」「文教秘府論」等、多く著している。 実に多忙な身なのである。

福島県の「安達が原の鬼婆」を取材した時、鬼婆をやっつけるのは、笈[おい]を背中にしょった 紀州熊野からきた旅の修行僧だという説明を聞いた。
当時、高野山由来の高野聖[ひじり]が、修行や説法のために遊行僧となって諸国を巡っていたという。彼ら遊行僧は弘法大師の影武者として、手足となって、活躍したのではないか。

平安時代に「われは、弘法大師なるぞ」と言って、祈祷したり病気をなおしたり、雨を呼んだりした場合、これがにせの弘法大師だったとしても、確かめる方法はない。
遊行僧の方は、尊崇する“弘法大師さま気分”を味わい、里人から敬われれば、苦労は報われたはず。素朴な里人は、それが誰であっても、事績を起こしたことは事実だから有難くもったいない思いで満たされただろう。

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