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地獄めぐり についてのコメント&レビュー投稿
昔、日光に弘法大師(こうぼうだいし)が開いたといわれる寂光寺(じゃっこうじ)という寺があった。この寺に、人々から尊敬されている覚源上人(かくげんしょうにん)というお坊さ...…全文を見る

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以下参照(以下のコメントに対して返信しようとしています)
地獄めぐりの古い絵が残っているみたいです・・・。
投稿者: マルコ 投稿日時: 2013/5/26 15:42

第116回企画展 「日光山の今昔」平成18年4月7日(金)~平成18年6月7日(水)
1999年12月ユネスコの世界遺産に登録され、国内ばかりでなく外国からも多くの観光客が訪れる日光は、奈良時代に霊地として開かれてから1200有余年、信仰の山としての古い歴史があります。
 日本の地に人が住み始めて以来、この国には独自の信仰がありました。人知を超えた大いなる力を「神」として怖れ敬う原始的で素朴な信仰です。6世紀になり大陸から「仏教」が伝来すると、教理の整った「仏」の教えに「神」の信仰は融合していきます。「神仏習合」すなわち仏教の「仏」が日本古来の「神」を取り込み同化し、仏教と神道とが共存するおおらかな信仰が生まれました。神社の中にお寺が建てられ、山に分け入り修行をする者が場合に応じてお経を誦し祝詞をあげました。仏教と神道、修験道などが渾然一体となり信仰される、日光の歴史はまさにその神仏習合の歴史に他なりません。
 鎌倉時代には源頼朝の篤い信心を受け、その後豊臣秀吉に攻められて疲弊しますが、江戸時代、徳川幕府・将軍家に護持されて「日本国」の聖地へと飛躍します。明治になると、仏教と神道が分離せられる政府の新政策によって神仏習合の歴史に終止符が打たれ、現在の「寺社(輪王寺・二荒山神社・東照宮)」のありように変わりました。
 日光山は、1200年の時代を超えて、その時々の流れの中で浮き沈みを繰り返し、形を変えながらも、信仰そのものから或いは建造物や宝物を通してその歴史を脈々と現在にまで伝えてきています。
 この度、平成の「今」から遠い奈良の「昔」まで、時代を通して受け継がれてきた信仰の歴史を感じて頂けますよう、時代を追って寺宝の一部をご紹介いたします。日光の今昔、その一端をご覧下さい。

ということで 寂光寺釘念仏縁起の絵が輪王寺に伝わってい手、たまに一般公開しているみたいです。

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