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ひなの夜ばやし についてのコメント&レビュー投稿
今から何百年も前、修善寺で戦(いくさ)があった頃の話。 この修善寺から遠くないある村に、ある日一人の老人が訪ねて来た。老人は深い傷を負っており、この村にある古い屋敷の前...…全文を見る

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以下参照(以下のコメントに対して返信しようとしています)
Re: ひなの夜ばやしの話の時代って鎌倉時代・・・?
投稿者: もみじ 投稿日時: 2013/3/13 0:21

源頼家について、いつも便利なwikiで調べてみた結果ですが
頼家が暗殺された修善寺の事件より、
どちらかといえば…その前の
比企能員の変にまつわる人なんじゃないかなぁ(・ω・)?
という感じがしました。

比企家というのは、源頼朝や頼家の乳母をしたこと、頼家の妻を出したことで
鎌倉幕府内で大きな権力を持てるようになった一族らしいです。



お話の中では男雛は頼家に、女雛は乳母の娘の…ってなってますよね。

頼家の乳母は、比企能員の妻です。
そして、この乳母の娘が頼家の妻になってます。
名前は桜の前ではありませんが、「若狭局(わかさのつぼね)」というそうです。
さらに、頼家には四男一女がいて、たったひとりの娘は竹御所だそうです。
男子四人は全員非業の最期を遂げています…(´Д`;)
竹御所は北条政子に引き取られ、結婚してますが、
初産が難産になったため死産の挙句に死亡という可哀想な最期です(´・ω・`)
若狭局は、後に怨霊となって北条家の娘に取り憑いたとされています。


比企能員の乱は、比企氏と北条氏の権力争いですが、
北条氏の方が一枚上手であったようです。乱が起きてからわずか一ヶ月にして比企氏は滅亡してしまったとか。

この乱で、頼家の嫡男である一幡(母:若狭局)は死亡。
(一説には一度は母と逃げおおせたものの後から殺害されたという)
比企一族は館に火を放ち、自決の道を…。
そのあとも逃げおおせた者がいないか掃討があったとか…。
ちなみに能員の舅も逃げている途中で殺されているそうです(・ω・;)

この一件は頼家を激怒させ、頼家が北条時政を本格的に暗殺さんと働きかける
大きな要因にもなったようです。
結局、頼家は病気が悪化し出家させられて修善寺に押し込められるのですが…。

比企氏の館のあった場所(妙本寺)は神奈川なので、
修善寺のある伊豆からは、かなり距離があるのですが…
修善寺の事件は、頼家だけを殺害するために仕組まれたものだったと思うので
「大きな戦」にはあたらないと思うんですよね(・ω・)

なので、私としては
「比企能員の変の生き残りのお爺さん」ではないか?と推測してみます。

歴史としてわかるのはこのくらいでしょうか…。

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