返信する: 各話のコメント
たぬきのしっぽ についてのコメント&レビュー投稿
昔々、那須の山すそにある金剛寿院というお寺に、和尚さんと瑞天(ずいてん)という小僧さんが住んでいた。 小僧さんの仕事は忙しく、掃除、洗濯、食事の支度などをこなし、夜は夜...…全文を見る

題名:
ユーザ名
投稿本文

オプション


以下参照(以下のコメントに対して返信しようとしています)
「たぬきのしっぽ」の舞台である金剛寿院さんに行ってきました~!!
投稿者: マルコ 投稿日時: 2013/3/3 16:30

マルコは今回、栃木県大田原市福原1130 にある金剛寿院さんに行ってきました!!
「たぬきのしっぽ」では「栃木県烏山町」にあると書いてあったのですが、栃木県の那須の山裾にある「金剛寿院」というお寺はマルコの調べた結果、ここしかありませんでした。

とっても、のどかな田園風景の中にあるお寺といった感じでしたよ。
お寺の門の左側には「金剛寿院のモミジ」という約150年の大きなモミジの木がありました。
お寺の境内にも「金剛寿院のイチョウ」という約250年の古木がありました。秋の紅葉の時に来たらきっと綺麗でしょうねぇ・・・。
お寺の門には「大本寺・金剛寿院」と金文字で書かれた額がありました。
お話を伺ったお寺のおばさまによると、ここいら一帯のお寺の総元締みたいな役割を「金剛寿院」は果たしていたそうです。金剛寿院は、那須家が戦の必勝祈願などを行う祈願所であるとともに、複数回にわたって佐竹氏との和睦や同盟の仲立ちをした寺院だそうで、800点超の古文書が伝来しているそうです。古文書の中には、歴史的に見ても重要なものとかが含まれているようです。

そういえば「神仏に誓う戦国の同盟 伝承館でテーマ展」っていうのを「那須与一伝承館」でやっていたみたいですよ。

下野新聞より引用

戦国の動乱期に、那須家と常陸国の佐竹氏が和平のために交わした起請文を紹介するテーマで「金剛寿院2 件文書と那須氏」が、南金丸の那須与一伝承館で開かれている。
福原の金剛寿院2 件伝法寺は、那須家が戦の必勝祈願などを行う祈願所。伝来する800点超の古文書のうち、実物の起請文5点を含む約30点を公開する。

起請文は、神仏にかけて順守や履行を誓約するもので、牛王宝印と呼ばれる厄よけの護符が描かれた紙を使用。宇都宮城を攻めようとしていた佐竹氏の17代当主、義昭が、1557(弘治3)年に那須氏との関係改善を目的に交わしたものなど、和睦や同盟関係を確認する内容となっている。伝承館は「金剛寿院2 件の僧侶は複数回、両家の和睦を仲立ちしたとされている。和睦が何度も破られた裏付けでもあり、戦国時代の緊張感が伝わってくる」としている。

金剛寿院の向かいには福原八幡宮という神社があって元々は「金剛寿院」の氏神様だったようです。市指定有形文化財になっています。

福原八幡宮の詳細(生涯学習課文化財係ホームページより引用)

源頼義みなもとのよりよし・義家よしいえ父子が戦勝祈願のため八幡社を勧請したとも伝えられ、後に那須氏の祖である須藤すどう貞信さだのぶが氏神として社殿を造営したといわれます。社殿の屋根には那須家の家紋である「一菊ノ紋いちぎくのもん」がつけられています。明治初期の神仏分離前までは金剛寿院(福原)の神仏混淆社でした。

金剛寿院に残る棟札によれば、貞享2年(1685年)に社殿を修復し、さらに寛政2年(1790年)に本殿・拝殿・玉垣を修復し、現在に至っています。修復の大檀那はいずれも那須氏で、貞享2年は那須遠江守資弥すけみつ、寛政2年は那須与一資明(すけあきら)です。
本殿柱には地紋彫が施され、組物は三手先みてさき詰組、繋虹梁つなぎこうりょうは龍彫物です。彫刻の手法も優れています。

龍の彫刻が見事な神社でした、今までいろんな寺社仏閣の彫刻を見てきたマルコですが、何か珍しい部分に龍が彫られていました。

お寺の門をくぐると、右側にありましたよ、あの池がありましたよ。
たぬきがしっぽで池の鯉を釣ろうとした池がありました。
池の真ん中に小さな橋がかかっているところなんか、アニメとそっくりでした。
ずいてんさんがお話の最初の方で「人間不心得を起こして地獄に落ちても後の祭りというものじゃ・・・。」って言いながら、鐘をついていた鐘つき堂もありました。
アニメの方では、なんだか馬鹿に大きい鐘つき堂に見えたのですが、実際の鐘つき堂は普通でしたよ。
お寺の本堂の屋根の感じといい、雰囲気といい、アニメとそっくりでした!!
江戸時代の初期の頃に火事でお寺は焼けてしまって、焼け残った木材で本堂を立て直したのだそうです。

マルコが金剛寿院さんを訪ねた時、ご住職は不在。代わりに、ご住職の奥様でしょうか?
お寺のおばさまが話を聴かせてくださいました。おばさまは、まんが日本昔ばなしの話で「金剛寿院」が登場したことを、何となくは話に聞いていたみたいですがあまり詳しくは知らなかったそうです。ニコニコしながら、このお寺の話をたくさん聞かせてくれました。
そして、帰り際「宝持山・聖観音・金剛寿院」と達筆で書かれた御札をくださいました。
ほんのりと墨汁のいい香りがしました。
ここのお寺は「那須三十三所観音霊場」の十九番目の霊場だそうです。

金剛寿院のおばさま、お話をたくさん聴かせていただいてありがとうございました。
この場をお借りして、お礼を申し上げたいとおもいます。
これは、私からの提案なのですが「たぬきのしっぽ」を金剛寿院の名物にしたらどうでしょうか?このお話はDVDになっているようなので、お寺を参拝しに来た方にDVDを見せて、お寺の歴史などを語ったら、きっと喜ぶと思いますよ!!

現地関連情報
出典本調査 facebook
Twitter

オンライン状況

48 人のユーザが現在オンラインです。 (12 人のユーザが レビュー&コメント投稿 を参照しています。)

新着コメント(コメント24件)