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鬼婆の仲人 についてのコメント&レビュー投稿
むかし、越後の国の与板(よいた)に、早くに両親を亡くした貧しい若者がおった。若者はぶっきらぼうで人付き合いが悪かったが、働き者で、年寄りにはたいそう優しく親切じゃった。...…全文を見る

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以下参照(以下のコメントに対して返信しようとしています)
Re: 鬼婆の仲人
投稿者: Perenna 投稿日時: 2020/6/13 23:22

この昔話と似たような話が、未来社の「遠江・駿河の民話」にも収録されています。
題名は「弥三郎婆さ」です。
「むかし、弥三郎婆さという、鬼婆のようなものすごい婆さがすんでいました。」という書き出しで始まっています。
弥三郎婆さは村で葬式があると墓地の松かげに隠れ、葬送の人たちが帰ると墓を掘り起こし、死体をむさぼり食っていたそうです。
この婆さと村の若者が、ある雨の降る夕暮れ、山の坂道でばったり出くわしてしまいました。
若者は、婆さのご機嫌をとっておいたほうが食い殺されなくてすむと考えて、婆さを背負って家に連れ帰ってやると提案します。
弥三郎婆さは若者の親切にうれしくなり「おまえに嫁を世話してやる」と約束します。
数日後、若者が家でどうなることかと待っていると、空はにわかにかきくもり、いまずまがひらめき、雷が鳴り、ものすごい火柱がたったかと思うと、座敷の真ん中に白木の棺が置かれていました。
棺のふたをあけると、十八、九歳のそれはそれは美しいお姫様が眠っていました。
そのお姫様は江戸の商家の娘で、弥三郎婆さが仮死状態にして拉致してきたのでした。
江戸の豪商の主人は娘が生き返ったのを聞いてよろこび、若者との縁談を認めました。
悪鬼のように嫌われた弥三郎婆さも、こうして恩に報いたのです。

原話は浜松市と書かれています。
浜松市と与板町に伝わる「弥三郎婆」のあいだには、どのような関係があるのでしょうか?

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